白川OA

白川OAではインターネット接続のお手伝いをしています。インターネットが使えるように設定したい、メールの使い方が知りたい等のご要望を承ります。
 

ホームページを作りたい、ホームページはあるが、管理が面倒という方はご相談下さい。
 

レンタルサーバについての詳しい内容は下記のボタンから。
 

・パソコンを接続できない
・インターネットが繋がらない
・印刷ができなくなった
・知らないうちに動かなくなった
・ソフトのインストールが自信無い
・ソフトの使い方が分からない
 


《自分の感覚とコンピュータのどちらを信じる?》
 
 情報社会では、コンピュータ間でデジタル情報を送り合うことで、複数のコンピュータがお互いを補完し合いながら、ひとつのシステムとして機能していく。また、これらのシステムは、それぞれが独立したシステムとして機能しているだけではなく、情報通信ネットワークに接続されることによって相互に影響を与え合うようになっており、システムが全体として機能している。確かに、こういったシステム自体はすばらしいものだが、果たして、本当にそれは人間にとってありがたいものなのだろうか?
 例えば、ここに情報化された冷蔵庫があるとしよう。冷蔵庫のなかに賞味期限切れの食品を発見すれば、廃棄処分にするようにメッセージを出し、自動的に食品の補充発注までおこなってくれる。それはそれでとても便利だ。ただ、そのシステムに支障が生じたとき、人間はどうやってその食品が食べられるかどうか判断すればよいのだろうか?
 もちろん、それに備えてシステムの信頼性を高めることは、とても重要なことだ。しかし、本来、それが本当に食べられるものかどうかは、賞味期限の表示で判断するものではなく、人間が自分自身の味覚と嗅覚で判断するものではないのだろうか。そもそも、そこまで情報化が進んでいれば、食品に賞味期限など表示されていないだろう。コンピュータがOKと表示すればその食品を食べてしまうのか?
 逆に、食品を補充するシステムに支障があれば、新しい食品は届かない。自動的に配送されるものだから、近所にも売っていない。それでも、廃棄処分のメッセージが出た食品を食べずにいるだろうか?
 さらに、自動配送の食品流通センターの場所を知らせてくれるシステムも故障してしまった。そうなったときに、情報社会のなかで、すでに動物としての感覚が欠如してしまった人間は、いったいどうすればよいのだろう。使う必要がなくなってしまったために、いわゆる五感が衰えてしまった人間を生み出す情報社会は、本当に人間にとってありがたいものなのだろうか?
出典:情報C

《ワープロ手紙を美しく書く秘訣》

1.事務的な手紙は字間・行間を狭めにする

字間や行間の空きは、読み手に情緒的な間を感じさせる。したがって、字間や行間の空きが広い手紙は、情緒的な印象が強くなるといえる。
この傾向をふまえると、通知や案内などの事務的な手紙は、字間や行間を比較的狭くして、情緒性を排除し、客観性や冷静さを増さないと間が抜けた手紙になる。
ただし、行間が狭すぎれば読みにくくなるので、半字分空きまでにする。

2.一行の字数が多いと読みにくい

ワープロで手紙文を書くとき、A4サイズの用紙を使い、短い辺に沿って文字を並べると一行最大50字近く入る。
しかし、普通一行35〜40字を越えると、次行に視線を移すとき、迷うようになるから、できるだけそれ以下の文字数にするほうがよい。 
タテ書き、ヨコ書きいずれの場合も、同じことがいえる。
 
行間は読みやすさを助ける空き。一行の字数が多くなれば読みにくさが増すわけだから、行間を広くして、読みやすさを助けなければならない。

3.紙面の余白のとり方に注意する

手紙の文章量が少なく、紙面を十分に埋めることができないとき、タテ書きなら左右、ヨコ書きなら上下の余白を均等にしてしまうと奇異な印象になるので、さけなければならない。 
文章量にかかわらず、文章が紙面を埋め尽くすことを想定して考えたレイアウト位置(版面)通りに書き始め、もし文末以降に大きな余白ができても、そのままにしておいてよい。
 
広い余白は趣や情緒を強く訴える。したがって、挨拶文などは余白を広めにした方がよい。
 一方、情緒や趣を廃し、正確な情報伝達を旨とする事務的な手紙は、余白を少なくすることによって客観性を表現するとよい。

4.各種書体は適所に使ってこそ効果がある

近頃のワープロは、選べる書体種が多い。明朝体、ゴジック体、毛筆体、斜体、白抜き文字、影付き白抜き文字、あるいは以上を組み合わせた書体などを選ぶことができ、表現範囲が広がっている。 
しかし、手紙に関していえば、どんな種類の手紙でも、最も美しい本文書体である<明朝体>を用いるのが、一番よいといえる。
 とくに儀礼的な手紙は明朝体にすべきで、他の書体で書けば無作法となる。 
ゴシック体を手紙の本文に用いるのは不適切だが、案内状などの時間、場所を知らせる情報や、数値を入れた表の表現には適している。情報や数値に客観的な印象を与えたり、強調したりすることができる。